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糸が動く。
針を操れば糸が動く。
糸が動けば壊れたものも直せる。
糸で守ることも壊すことも、なんでもできる気がしていた。
昔から、オレはよく物を壊す子供だった。人形を買ってもらっても、次の日には引き裂いて叱られていた。
そのせいなのか、お前が仕えて守るんだと何度も言い聞かされてきた環様が生まれたときも、指一本触れさせてもらえなかった。小さくて可愛くて神々しくて、壊すつもりなんて欠片もなかったのに。
あのときもそうだった。四歳頃だったろうか。屋敷に迷い込んだ猫が死んでいたので埋めようと思ったら、殺したのかと問い詰められた。違うと必死に言っても、信じてもらえなかった。
――だから、動くようにした。
そのあとはあっという間だった。ダークネスに相対する教団でそれが生まれるなんて、許されないことだ。神本家に仕えるべき宮下家で生まれてしまったことが嘆かわしい。そんなことを口々に言われて、オレは格子の中の住民になった。
その部屋ではいつも独りだった。母親が度々差し入れる人形と、頼んで持って来てもらった裁縫道具しかなかった。
人形を裂いてしまっては縫い合わせ、裂いてしまっては縫い合わせ、ただそれだけを繰り返していた。
ボロボロになってしまった人形を直すのは難しく、ただただ糸の動きに集中するのは、丁度いい暇つぶしになった。
「きみ、なにしてるの?」
突然声をかけられて、驚いて針を指に刺してしまった。母親以外の声を聞いたのなんて、覚えてないくらい昔だ。
小さい子どもだった。ぼーっと見つめていると、その子は愛くるしい顔を不思議そうに傾ける。
この屋敷にいる自分以外の子ども……ならば一人しかいなかったのに、すぐに気づくことができなかった。
「血でてる」
躊躇いなく格子から手を延ばしたその子に、手首をつかまれた。表を向かされた手の指には確かに血の球ができていた。針を刺したときのものだ。それ以外にも、不器用な手には針傷がたくさんあった。
風が吹いた。どこから入ってきた風かと不思議に思いながら手に目を落とすと、傷がすべて綺麗に治っていた。
驚いて手を取り戻す様を、子どもは楽しそうに見ている。
そこで気がついた。
どうしてすぐに気がつかなかったのだろう。こんなに面影があるのに。
「た…まき、さま」
ずいぶんと久しぶりに出した声は変に掠れていた。呼ばれた環様は、意外そうに少し目を丸くする。そして微笑んだ。
「ここに、ダークネスがいるってきいたのに、きみはらしくないね。ほんとうに力があった?」
ダークネスじゃないと、信じてもらえるのだろうか。それとも。
「まあ、いっか」
あっさりと、環様は踵を返した。そのまま振り向く素振りもなく離れて行ってしまう。
「ま……っ」
それができることはわかっていたし、それが異常なこともわかっていた。
糸が生きているかのように伸びて動いて、歩いて行く環様の手首に絡まった。それに環様が振り向いたと思った瞬間、壁に叩きつけられた。
「――がっ、あ」
体を縛り付けている黒いものは、環様の影から伸びている。小さい体が急に恐ろしく思えた。
「なんのまね?」
痛いくらい、影に締め付けられる。声も出せずに首を振るのが精一杯だった。環様がこちらに近づいてくる。
「ふいうち? それとも、ためそうとした?」
「ち、ちが……っ」
ただ、行ってほしくなかっただけだ。でも、どうせ、信じてなんてもらえない。
諦めて力を抜いたら、するりと影が解けていった。支えがなくなって床にへたり込んでしまう。
「次はないよ」
何度も頷くと、環様がにこりと笑う。
「でも、これでわかった。きみも灼滅者」
「すれい…やー?」
「そう、ダークネスじゃない。おいで」
環様は、こちらに手を差し伸べながら言った。
その小さな手に触れてもいいのだろうか。壊してしまいやしないだろうか。そんな恐怖が、手を伸ばすことを躊躇させた。
でも、体のきしみが示している。環様は強者だ。守るべき強者なのだ、と。
手を取ると、強く握り返された。
「ここから出してあげる」
その後、環様のおかげで出してもらえたオレは、相当な迷惑をかけていたと思う。
幼児期の五年間を座敷牢で暮らした結果、人ともうまく話せない、まともな立ち居振る舞いどころかまともに動けない、頭も悪い、と三拍子そろった子どもになっていたのだ。
それでも、なにか失態をするたびに環様に優しく(教育的指導で蹴りを入れられつつ)教えてもらって、どうにかこうにか形になっていった。
教えてもらった中で特に心に刻まれたのが人形の話で、一晩中ずっと世にも恐ろしい話を聞かされ続けたおかげで、もう人形は壊さないで済むようになった。副作用として日本人形を見るたびに悲鳴をあげそうになる体質になったのは仕方がない。
人形以外はすぐ壊してしまうので、環様が『次は皿屋敷』と予告したのを土下座して許してもらったなんてこともあった。こんな古い屋敷で怪談を聞き続けたら、一歩も外に出れなくなってしまう。
こんな不器用なオレが従者として認めてもらっていたのは、灼滅者だったからだ。そう考えれば、環様とは違ってただ殺すだけのこの能力も、意味があるように思えた。
そんな事を思い出していたら、げし、と背中を蹴られた。振り返ると胡乱な目をした環様がいた。思い出の中よりもずっと大きい。
「環様?」
「ニヤニヤするな気持ち悪い」
「ちょっと昔を思い出してたんですよ」
気持ち悪いはひどいです、とブツブツ言いながら完成したものの糸の始末をする。
「それ何?」
「お弁当袋です。武蔵坂学園には給食がないみたいで」
じゃーん、と目の前に袋を掲げると環様は眉根を寄せた。
「なんでカエルの刺繍……」
「え? 爬虫類好きでしたよね?」
長い長い溜息が環様の口からこぼれる。
そんな、蹴るか殴るか呆れるか迷ってるような表情をされると、オレも居心地が悪い。
「千尋」
「は、ハイ」
「カエルは両生類」
「え? あ……」
その後作り直してイモリの刺繍を入れて、ボケなのか本気なのかどっちなんだいい加減にしろ、と蹴り飛ばされたのもいい思い出。
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